過ぎて行く日々、感じたことを書きたいだけ気ままに書いています♪ 奥の細道ならぬ【奥の”ちょここ”道】
無情か?優しさか?
私のブログは”病気と介護”に関する記事が多いので、経験したことを書いてみます。

介護・病気で・・・人の本質が見えることに遭遇することが多くなります。

やはり介護・病気は、人にとっては触れたくない、知りたくない、関係を持ちたくないのです。

自分の病気を知人や友達などに公表すると。
ハッキリ分かれます。
☆残念ながら、よそよそしくなって離れて行く人。
☆心配してくれたり干渉する人、こちらは良い悪い両方を含んでいる。

私は離れて行く人の気持ちが分かりませんでした。
実際、ポピュラーな病気の糖尿病でさえ、話したら音信不通になった人がいる。
なぜ?本当にヒドイ、冷たい人って思わずに居られません。

私の母が亡くなったとメールで話してから、メールが来なくなった昔の友達が居ます。
ずいぶん経ってから相手から別件でメールがあったので、聞いてみました。

そしたら彼女は”ビックリして何て言ったら良いか分からなかった”という返事が返ってきました。
分からないでもないですが・・・思いやりに欠ける。
一言で良いのです。
”大変だったね”とか。
それすらも言えない、彼女の子供じみた考え、無情さにガッカリしましたね。
相手は私のことなんて、全く考えてはいないのです。
こんな人と仲良くしていたのか?と自分も情けなく思った。
その後、私は彼女との関係を自分からは絶ちました。
彼女のメールアドレスは削除した。
それには勇気が必要だった。
学生からの長い付き合い、美しい想い出?もいっぱいあるのです。
想い出は美しいまま、取って置けば良いと思うようになった。
相手から何かあれば普通に接すれば良いのです。
無理に私からの連絡は暫くはしない。

よく考えてみれば、彼女の心が分かるのです。
自分の都合でしかメールをよこさない。
例えば、上娘の高校が決まった頃を見測り、何処の高校に決まったの?ってメールで聞いてきた。
別に隠すわけではないので答えた、でも娘と同じ年齢のお子さんの学校名をついでに聞いても、返事もない。
ただ干渉したいだけ。
高校時代を振り返ると、待ち合わせしたら一時間以上、平気で待たせる。
これはいつも当たり前でした。

自己中心的な人柄であることが分かるのです。
私はバカだから、、、まぁ若かったから今のように考えられなくて
仲良しを続けて来てしまったのだと思う。

もう1つの例。
知人の話。

知人のお仲人さんが、倒れて病院に入院していたので、お見舞いに行きました。
知人は病院に行って、お仲人さんの様子を見て驚いてしまった。
完全な寝たきり状態になって知人曰く、見るに耐えられない状況だったということでした。

病室で、声も出せないお仲人さんを見た途端、知人は逃げ出して帰って来たそうです。
その後も、もう知人はお仲人さんを見舞うことはありませんでした。

なんか〜そんなのって変だと私は思い、知人に直接聞いたことがあったのですが・・・
”かわいそう過ぎて、見ていられないから”と話していました。

普通?私だったら、、、自分ならお仲人さんに何をして上げれるだろう〜実際は何も出来ないかもしれないが、考えると思う。
例え、話せない状態でも慰めの言葉を掛け続けることはしていけるかもしれない。
相手に関心を示すということは、こういうことだと思うのです。
世話になって来た恩や義理って感じないのでしょうか?

この知人の場合も、、、背後にあるのはかわいそうだから見ない方が相手には良いと思うのかもしれません。

でも、、、それは私は違うと思いたい。
あまりにもクール過ぎる。
悪いことを見ない、蓋をして逃げてるとしか思えない。
受け止めることが出来ないのだろう。

優しさも思いやりも言動で表さないと相手には伝わらない。
もちろん、好奇心などの干渉は動機は良くないです。
でも純粋なキモチは伝えないと、相手はガッカリするでしょうね。

このように、、、病気や介護は大変だからこそ色んな人間模様が見えて来ます。

相手が自分をどのように思ってくれていたかが証明される。
それを考えると人は一生の中で利害関係抜きで自分を思ってくれる友達は1人でも居れば、しあわせなのかと思ったりする。

私は高齢者の方々の生活を実際に見て来ましたが・・・
一生の友達が居る人は皆無に近いです。
人は生まれる時も死ぬ時もひとりなんです。
だからこそ、、、今の人との関わりが必要なのですね。

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秋のバザー
昨日は映画の後、夫さんと焼肉屋さんでランチして、帰り道に市の福祉バザーの会場付近で、車から降ろしてもらいました。

もう、片付けに入っている箇所もあり、、、ざ〜っと見て回りました。

皆、物凄い量の洋服やらを持ち帰って行きます。

そんなに持ち帰って入れる場所はあるのか???と思うくらいに。

私は、、、収穫は1つもナシ!

毎年、自分の家で要らなくなった洋服や雑貨などを出す一方で
バザーで何かを買うっていうことはありません。

ほしいモノがないっていうのもありますが、せっかく不用品が無くなり
スペースが増えて快適な空間が出来たのに、また物入れしてしまったら
イタチゴッコしているみたいで、片付かないわ。

でも、バザー品を家に持ち帰り、再利用するっていうのも大事なエコ?
だと私は思っています。

それに、誰かが使用していたモノであるが、変な考え方だけど・・
これも見知らぬ人との繫がり、交流にもなる気がして温かく感じます。

知らない人が使っていたなんて、汚いとか思う人も居ることは居るのでしょう〜それも分かる。

なるべくはゴミにしないで、再利用して最後まで使ってから捨てる。

いっぱい、山のように残っていた衣服達の行方が気になる。
ゴミにしちゃうのかな?
福祉協議会でしているから福祉関係でどうにかするのか?
必要な国とかに送ってくれたら良いけど・・・
送料もかかったりと難しい問題なんだろうとは思う。

会場で偶然、上娘の中学の時のクラスのお母さんに声を掛けられて。
”あら〜こんな所で、、会うなんて”と私。

その会場でボランティアされているそうです。
皆さん、色んな所で活動をされているんですね。
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