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[C567] とても、同感です

自分が慣れていない出来事に会った人を見て、その現実を受け入れずに自分の世界から排除する…そういう心理なのかもしれません。

自分のお気に入りな事だけを身の回りに並べて、他は見ない知らない…なんて、生き方は誰にも出来ないはずなのに。

いつか、そういう人の家族や本人に、アクシデントが起きたら、きっと大騒ぎして、誰彼構わず頼って依存してくるのでしょうね。

私がインスリン導入後、神経症になったと知った途端、幼なじみと思っていた友人が離れて行きました。
ちょここさんも似たようなご経験があったのですね。

でも、離れず支えてくれる友人がいる事で、病気というアクシデントで、自分にとって真の友人は誰かが浮き彫りにハッキリ判った事は良かったと思いました。(一人しか残らなかったけど)
  • 2007-11-04 14:06
  • ぺぺんのぺん
  • URL
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[C569] ぺぺんのぺんさんへ

コメントありがとう!
きっと悪気はないのでしょう~それに皆、受け止め方も考え方も違うのでしょうね。
まぁ、また新しい出会いもあると思い、自分を励ましていますよ。
人間は同じ人は1人も居ないので・・・自分の考えに固執することなく、また自分の意思も大事にしたいと思いますね。

  • 2007-11-04 22:26
  • ちょここ
  • URL
  • 編集

[C573] しみじみと読みました。

私も同じような経験をしています。昨年末に倒れた後で、疎遠になった友人が何人かいます。お粗末な生き方をしてきた結果なんだな…と、自分を責めがちになりましたが、離れる時期だったのかもしれない…と、少しずつ思えるようになりました。でも傷つきますね。まだ完全にはふっきれてはいない部分もあります。乗り越えていかなくては…と、思っています。
  • 2007-11-08 00:08
  • 花楓
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  • 編集

[C574] 考えさせられました。

人間関係は、永遠のテーマですね。

思えば私も、高校時代から仲良くしていた友人と、今現在、少し距離をおいています。
彼女の結婚式に友人代表も務めた仲でしたが、学生時代と違い、お互いが家庭を持つと、何かが変わってくるのでしょうか。
最近、彼女が自然化粧品の仕事を始めたと聞きました。
それで、私達友人にも「凄くいいから、使ってみて」と勧めるのです。
最近は、そういう時にしかメールが来ないのも、悲しいですわ。
よくよく考えてみたら、彼女は、昔から友達同士で何処か出掛ける時など、自分の車は、出さないのです。
いつも私か他の友人が運転していました。
その時は、全然気にしていなかったけれど、今になって見えて来るものがあるのかな。
私も若かりし時は、相手に合わせた付き合いをしていたのかもしれません。

そんな訳で、ちょここさんに凄く共感してしまいました。
が、思い切って、「メルアド削除」は、出来ないですね~。
割り切りましたね・・・。潔い。
私は、そんな勇気もないんですよ。
  • 2007-11-09 17:10
  • のんのん
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  • 編集

[C576] 花楓さんへ

コメントありがとう。
皆さん、同じようなコト経験をされているんですね。

きっと相手にとっては、そういうふうに接することしか出来ないと判断したのでしょう~そう思うしかないのですね。
悪く思いたくないし、距離感は変わってしまうけど・・・それで良いのかもって思い、新しい出会いを大事に出来たらと思います。
しかし、、失うことは辛いことですよね。
  • 2007-11-10 02:02
  • ちょここ
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[C577] のんのんさんへ

コメントありがとう。
「メルアド削除」は何度もイヤなことが続いたので吹っ切れました。
まず考えたのは年月と共に、お互いが変化していること。
いつまでも過去のままではないということを受け入れた。
いくら仲良しだった時代があれど、永遠には続かない。
相手のことも尊重する。
そう思うと、変わってしまった友情も仕方がないですね。
想い出は美しいままでとって置くほうが良さそうです。

友情間に商売が入ると難しいですね。
私もそういう経験が実はあります(笑)
  • 2007-11-10 02:07
  • ちょここ
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無情か?優しさか?

私のブログは”病気と介護”に関する記事が多いので、経験したことを書いてみます。

介護・病気で・・・人の本質が見えることに遭遇することが多くなります。

やはり介護・病気は、人にとっては触れたくない、知りたくない、関係を持ちたくないのです。

自分の病気を知人や友達などに公表すると。
ハッキリ分かれます。
☆残念ながら、よそよそしくなって離れて行く人。
☆心配してくれたり干渉する人、こちらは良い悪い両方を含んでいる。

私は離れて行く人の気持ちが分かりませんでした。
実際、ポピュラーな病気の糖尿病でさえ、話したら音信不通になった人がいる。
なぜ?本当にヒドイ、冷たい人って思わずに居られません。

私の母が亡くなったとメールで話してから、メールが来なくなった昔の友達が居ます。
ずいぶん経ってから相手から別件でメールがあったので、聞いてみました。

そしたら彼女は”ビックリして何て言ったら良いか分からなかった”という返事が返ってきました。
分からないでもないですが・・・思いやりに欠ける。
一言で良いのです。
”大変だったね”とか。
それすらも言えない、彼女の子供じみた考え、無情さにガッカリしましたね。
相手は私のことなんて、全く考えてはいないのです。
こんな人と仲良くしていたのか?と自分も情けなく思った。
その後、私は彼女との関係を自分からは絶ちました。
彼女のメールアドレスは削除した。
それには勇気が必要だった。
学生からの長い付き合い、美しい想い出?もいっぱいあるのです。
想い出は美しいまま、取って置けば良いと思うようになった。
相手から何かあれば普通に接すれば良いのです。
無理に私からの連絡は暫くはしない。

よく考えてみれば、彼女の心が分かるのです。
自分の都合でしかメールをよこさない。
例えば、上娘の高校が決まった頃を見測り、何処の高校に決まったの?ってメールで聞いてきた。
別に隠すわけではないので答えた、でも娘と同じ年齢のお子さんの学校名をついでに聞いても、返事もない。
ただ干渉したいだけ。
高校時代を振り返ると、待ち合わせしたら一時間以上、平気で待たせる。
これはいつも当たり前でした。

自己中心的な人柄であることが分かるのです。
私はバカだから、、、まぁ若かったから今のように考えられなくて
仲良しを続けて来てしまったのだと思う。

もう1つの例。
知人の話。

知人のお仲人さんが、倒れて病院に入院していたので、お見舞いに行きました。
知人は病院に行って、お仲人さんの様子を見て驚いてしまった。
完全な寝たきり状態になって知人曰く、見るに耐えられない状況だったということでした。

病室で、声も出せないお仲人さんを見た途端、知人は逃げ出して帰って来たそうです。
その後も、もう知人はお仲人さんを見舞うことはありませんでした。

なんか~そんなのって変だと私は思い、知人に直接聞いたことがあったのですが・・・
”かわいそう過ぎて、見ていられないから”と話していました。

普通?私だったら、、、自分ならお仲人さんに何をして上げれるだろう~実際は何も出来ないかもしれないが、考えると思う。
例え、話せない状態でも慰めの言葉を掛け続けることはしていけるかもしれない。
相手に関心を示すということは、こういうことだと思うのです。
世話になって来た恩や義理って感じないのでしょうか?

この知人の場合も、、、背後にあるのはかわいそうだから見ない方が相手には良いと思うのかもしれません。

でも、、、それは私は違うと思いたい。
あまりにもクール過ぎる。
悪いことを見ない、蓋をして逃げてるとしか思えない。
受け止めることが出来ないのだろう。

優しさも思いやりも言動で表さないと相手には伝わらない。
もちろん、好奇心などの干渉は動機は良くないです。
でも純粋なキモチは伝えないと、相手はガッカリするでしょうね。

このように、、、病気や介護は大変だからこそ色んな人間模様が見えて来ます。

相手が自分をどのように思ってくれていたかが証明される。
それを考えると人は一生の中で利害関係抜きで自分を思ってくれる友達は1人でも居れば、しあわせなのかと思ったりする。

私は高齢者の方々の生活を実際に見て来ましたが・・・
一生の友達が居る人は皆無に近いです。
人は生まれる時も死ぬ時もひとりなんです。
だからこそ、、、今の人との関わりが必要なのですね。
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[C567] とても、同感です

自分が慣れていない出来事に会った人を見て、その現実を受け入れずに自分の世界から排除する…そういう心理なのかもしれません。

自分のお気に入りな事だけを身の回りに並べて、他は見ない知らない…なんて、生き方は誰にも出来ないはずなのに。

いつか、そういう人の家族や本人に、アクシデントが起きたら、きっと大騒ぎして、誰彼構わず頼って依存してくるのでしょうね。

私がインスリン導入後、神経症になったと知った途端、幼なじみと思っていた友人が離れて行きました。
ちょここさんも似たようなご経験があったのですね。

でも、離れず支えてくれる友人がいる事で、病気というアクシデントで、自分にとって真の友人は誰かが浮き彫りにハッキリ判った事は良かったと思いました。(一人しか残らなかったけど)
  • 2007-11-04 14:06
  • ぺぺんのぺん
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  • 編集

[C569] ぺぺんのぺんさんへ

コメントありがとう!
きっと悪気はないのでしょう~それに皆、受け止め方も考え方も違うのでしょうね。
まぁ、また新しい出会いもあると思い、自分を励ましていますよ。
人間は同じ人は1人も居ないので・・・自分の考えに固執することなく、また自分の意思も大事にしたいと思いますね。

  • 2007-11-04 22:26
  • ちょここ
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[C573] しみじみと読みました。

私も同じような経験をしています。昨年末に倒れた後で、疎遠になった友人が何人かいます。お粗末な生き方をしてきた結果なんだな…と、自分を責めがちになりましたが、離れる時期だったのかもしれない…と、少しずつ思えるようになりました。でも傷つきますね。まだ完全にはふっきれてはいない部分もあります。乗り越えていかなくては…と、思っています。
  • 2007-11-08 00:08
  • 花楓
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[C574] 考えさせられました。

人間関係は、永遠のテーマですね。

思えば私も、高校時代から仲良くしていた友人と、今現在、少し距離をおいています。
彼女の結婚式に友人代表も務めた仲でしたが、学生時代と違い、お互いが家庭を持つと、何かが変わってくるのでしょうか。
最近、彼女が自然化粧品の仕事を始めたと聞きました。
それで、私達友人にも「凄くいいから、使ってみて」と勧めるのです。
最近は、そういう時にしかメールが来ないのも、悲しいですわ。
よくよく考えてみたら、彼女は、昔から友達同士で何処か出掛ける時など、自分の車は、出さないのです。
いつも私か他の友人が運転していました。
その時は、全然気にしていなかったけれど、今になって見えて来るものがあるのかな。
私も若かりし時は、相手に合わせた付き合いをしていたのかもしれません。

そんな訳で、ちょここさんに凄く共感してしまいました。
が、思い切って、「メルアド削除」は、出来ないですね~。
割り切りましたね・・・。潔い。
私は、そんな勇気もないんですよ。
  • 2007-11-09 17:10
  • のんのん
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[C576] 花楓さんへ

コメントありがとう。
皆さん、同じようなコト経験をされているんですね。

きっと相手にとっては、そういうふうに接することしか出来ないと判断したのでしょう~そう思うしかないのですね。
悪く思いたくないし、距離感は変わってしまうけど・・・それで良いのかもって思い、新しい出会いを大事に出来たらと思います。
しかし、、失うことは辛いことですよね。
  • 2007-11-10 02:02
  • ちょここ
  • URL
  • 編集

[C577] のんのんさんへ

コメントありがとう。
「メルアド削除」は何度もイヤなことが続いたので吹っ切れました。
まず考えたのは年月と共に、お互いが変化していること。
いつまでも過去のままではないということを受け入れた。
いくら仲良しだった時代があれど、永遠には続かない。
相手のことも尊重する。
そう思うと、変わってしまった友情も仕方がないですね。
想い出は美しいままでとって置くほうが良さそうです。

友情間に商売が入ると難しいですね。
私もそういう経験が実はあります(笑)
  • 2007-11-10 02:07
  • ちょここ
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